泰阜村「だいだらぼっち」とは?
生態系の中の創造物としての建築
次世代のあるべきライフ・スタイルとは
子供たちの手づくりによる旧校舎
泰阜村「だいだらぼっち」とは?

最近の私共の創作活動の中で、物づくりにおける「自然界とすまい」という観点で、大変考えさせられた事業が、都会の子供達の山村留学施設であるくらしの学校・だいだらぼっち」でした。 「だいらだぼっち」とは巨大お化けの事で、「自然界と人間」を主題にアニメ作家として活動している、宮崎駿監督の「もののけ姫」にも出てまいります。

「くらしの学校」の活動拠点である南信州泰阜村は、人口2,200人の山村であり、地形条件により信号もなく国道も走らない、山村の魅力がそのまま息づいている里山の小さな村です。山村の生活文化を色濃く残し、南信州の深い渓谷に囲まれたフィールドは、まさに秘境という言葉がふさわしい自然の宝庫です。

主たる街道・河川がないままに、山並みの地形なりに集落が散在する「泰阜村風景」
南信州でも独自の原風景を醸しだす。

「くらしの学校」を運営しているNPO法人「グリーンウッド」の皆さんが、この地で都会の子供達に山村生活の中での「くらしと学び」をテーマに、「山村留学」を始めたのは、20年前のことでした。当時としてはまだ先駆的な発想であり、大変なご苦労の中で、自分たちの「山村留学」に対する強い想いを貫き通された結果が、今日の姿であると思われます。

初めて私共がこの地を訪れたのは、7〜8年前の真夏の炎天下の最中であり、傾斜地を登りつめた里山の平坦地に、いまにも壊れそうな廃校になった木造校舎らしき建物が数棟建っていたのも思い出します。

建物の周囲には、薪等が山高く積まれており、自転車等が散乱し、大きな犬が、何匹か繋がれている、のどかな風景を見ながら「一体どんな人達が、何をしているのかな」と正直思いました。
日常的な息つく間もない風景と違い、里山の中にそこだけはゆったりとした、独自のユッタリズムの空間が流れているのを感じたのです。

やがて、都会の子供達がランドセルを背負い学校から帰り、皆で薪を割ったり元気で飛び廻るのを見て、諸事情がだんだん理解できてきました。

当時の母屋は、廃校を移築し、自分たちで組み上げた簡素な建物で、屋根はカラー鉄板、開口部は再利用の木製建具、腰部は丸太材を積み上げた程度で、快適な居住性とは全く無縁の住まいでした。 トイレは汲み取り式で、宿泊棟共々別棟で建っていました。 陶芸の先生が二人おられ、その工房も全くの手作りであり、隙間風どころか吹きさらしに近い工房空間でした。 各棟は渡り廊下もなく、トイレ・風呂に行くにも、雨傘をさしていく状態でした。


生態系の中の創造物としての建築

やがて、東海沖地震の指定地域でもあり、耐震性を考慮しての建て替えとなり、陶芸工房の「あんじゃね館」から始まり、「浴室棟」の完成迄5年の歳月を要する建て替え事業となった訳です。

母屋の建て替え時に各グループ毎にワークショップを開くと、子供らしく元気で「生ゴミを蓄積すると、熱が出るが、鉄棒を使って」、利用できないか」などと大人の予想外の発想が盛り沢山で驚かされるのでした・・・・・「ボロッチイままがいい」 「このままでいい」という意見が大半で、床下 ・小屋裏の探求的な空間、屋根に上がって遊び廻る動作等、建物全てが子供達にとっては、「住まい」であり 「遊具」なのです。 大きな広間をドタバタ飛び回り、皆で共同生活が出来るのが何よりも楽しいのです。
夏の暑さ、冬の隙間風、屋根のトダバタ音など子供には全く関係なく、素朴なうす暗い裸電球の住まいがすごく快適なんです。

このように、絶大的に愛される手づくりの廃校利用の母屋のイメージをどう引き継ぐか・・・・・思考錯誤を繰り返すうちに、いつしか里山の中に植物のように自然に根をおろす住まいをイメージしていました。「生態系の中の一つの創造物」としての住まいを目指した訳です。
少し視野を広げれば、世界中に生活と住環境を素直に原点で繋いだ住まいはパオしかり、手づくりの日干しレンガの建物等々、共通しているのは、住まいとしての機能が、自然界と「大変スリム化された状態で手をつなぎ、不変の大変美しいデザインをしているという事」であり、いつしかそんな住まいをイメージしていました。

土に帰す素材・・・アフリカ・タンベルコ族の「生態系の中の創造物」
  としての住まい 自然界の中の大変美しい不変のデザインといえる。

 少しづつブロック毎の年月を掛けた気の長い設計作業でした。 母屋にそびえ立つ4本の枝付ヒノキ丸太は、子供達も一緒に山から切り出した材であり、木材・石・土等の素材も地域で賄ったものです。 タイル貼り等、出来る限り子供達が作業したもので、外壁の仕上げと共に驚くべき感性を発揮していました。


次世代のあるべきライフ・スタイルとは

一期工事の陶芸棟「あんじゃね館」の完成から早5年、環境意識の高い親を持つ子供達が今年も何人も入村し、地元の小・中学校に通いながら人間の原点とでも言うべき様々な体験、たくましたを身に着けながら、村の一員として生活していきます。 きれいな空気の中野山を駆け巡り、川で泳ぎ、暗闇の中で、薪で火を起こし星空を見上げる ・・・・・ 近くの山から採取した木の皮をむき、削り土を捏ねて床・壁を塗り、薪きストーブによって暖を取る・・・・・風呂は当番制で五右衛門風呂を沸かし、食事は皆で調理し一緒に食べる・・・自然界と人間、住まいとは、暮らしとは ・・・ 地球規模で幾度となく環境意識向上が問われても、文明という名のもとに春夏秋冬の移ろいを忘れた人工環境の住まいの中で、大量消費型生活を繰り返しているのが現実です。

そして、自然界に素直に順応し、静かに暮らす人々・・・

草原地帯の遊牧民しかり農業生産で自給自足を送る人々等・・・・・彼らの生活が地球温暖化によって、危惧に立たされているのも悲しい差し迫った現実です。

自然界の結晶であるべき住まい、次世代のあるべきライフスタイルはと考える時、山村留学の都会の子供達が里山環境ならではのリサイクルシステムの中で生活し、あるべき「何か」を「心のお土産」として帰って行く ・・・・・ そんな事を考える時、山深き泰阜の「くらしの学校」の果たしてしている役割がとても大きく感じられます。

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