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地域・修景計画
【new】 飯田市『元善光寺商店街』活性化構想案

私達の事業所の立地する飯田市上郷飯沼地区は、リニア長野県駅建設予定地に該当します。

事業所の北面約20m位の所に、駅の高架橋が建設されます。移転は止む無きとしても、
リニア中央新幹線が地域力増大の源になる事を願うばかりで、都心部に今以上に人口
集約することは、是が非でも回避しなければなりません。

そんな想いの中、リニア駅周辺の地域素材・文化をふまえつつ、地域活性化に繋げる具体
案を提案してみました。飯田歴史研建築史ゼミで行った飯田市座光寺地区の空き家調査
をベースに、商店街の変遷を再認識し歩行者融合型通路を提案しています。また伝統工
法で建築され歌舞伎舞台も併設された「麻績学校」、農村原風景が継承されている「座光
寺地区農村地帯」の希少性を取り上げ、リニア駅とのアクセスを提示しています。

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◇ 座光寺商店街 変遷調査

飯田市座光寺地区には、元善光寺(座光如来寺)と呼ばれる、飛鳥時代に改創された
寺院が存在します。元善光寺の名称のごとく、本尊を642年に長野市に移したのが語源
であり、如来寺とも呼ばれていました。

1,790年代(寛政年間)から道路改修・伊那電気鉄道開通に順じながら、参拝客増加に
伴い各地に商店街が繁栄しました。

今回商店街活性化の手法を提示する以前に、現況・変遷調査から始め、「座光寺商街」
の特性を一般的な門前町と比喩・比較しています。

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1】「座光寺商店街」の現況風景
Ⅰ期・Ⅱ期・Ⅲ期と商店街が移りゆく様を図式化したものです。
発展時風景も各期毎に堤示しています。

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2】「市場商店街」の発展
1,790年代(安政年間)から1,877年代(明治10年)までの商店街は「市場商店街」
と呼ばれ、Ⅰ期商店街と定義づけました。
11,2軒の商店が並んでいたと推され、現在は文具店、写真館のみが現存します。

02-Ⅰ期 市場商店街の発展

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【3】「北市場商店街」の発展
1,901年(明治34年)から如来寺前の道路改修により発展した商店街であり
「北市場商店街」と呼ばれ、Ⅱ期商店街と定義づけました。
街道沿いには製糸工場・醤油工場もでき、北市場も含め40軒程に増加しました。
現在は数少ない宿坊と思われる民家等、4件ほど現存するのみです。

03-Ⅱ期 北市場の発展

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4】「南市場・座光寺商店街」の発展
1,916年(大正5年)座光寺郵便局、1,926年(大正12年)元善光寺駅開業により
商店街の形態が大きく変わりました。

「南市場・座光寺商店街」と呼ばれ、Ⅲ期商店街と定義づけました。
Ⅰ期商店街の移転、他地域からの移住により、市場も含め90軒以上の賑やかな
商店街が成立しました。菊人形祭り、祇園祭りが開始されたのもこの時代です。
やがて国道153号線・座光寺バイパスの開通により、商店街の中心はバイパスに移り、
現在20軒程度に減少してしまいました。

04-Ⅲ期 座光寺商店街の発展

PDFファイル  04-96  リック

 

江戸後期、如来寺参詣による「市場商店街」の誕生から、明治後期の「北市場
商店街」元善光寺駅開業に伴う「駅前商店街」と、座光寺商店街は道路・鉄道の
交通体系の変遷に乗じて急速に発展してきた。 この様に発展過程が明確に区分
される事例は極めて希少です。

Ⅰ・Ⅱ期の繁栄を示す商店の残存数が少ないのは年代的な要因であるが、Ⅲ期
商店街の大半が大正・昭和初期の面影を残していないのは、繁栄が著しく、多く
が昭和の年代に改修されたからと推測できます。

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◇ 座光寺商店街 活性化への手法

このような特性を持つ商店街の、リニア開通を最大限に活用した座光寺地区・南
商店街・街道沿いの修景事業の具体的な手法を提案します。

リニア駅から元善光寺までの「県道市場桜町線」を車道機能のみでなく 「歩車
融合型道路」として改修します。
行き帰りが重複しない動きが望ましく、  参詣後「座光寺商店街」を散策し
「元善光寺駅」から「飯田線」に乗車する動線を描きます。

現在、参道下広場が駐車場ですが、やはり本善光寺への距離感の中、歩くのが参詣
であり、駐車場等の近隣確保が必要です。

05-ページ

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道をコミュニテイ空間・歴史文化を提供する資源としてとらえ

①ポケットパーク、イベント広場、緑化による木陰・休息空間の提示、ストリートファニチァー
の設置。
②参道はボンエルフ(歩道を設けた歩車道融合型道路)として歩行者に車道
を解放。
③近隣に残る「繭蔵」を「資料館・交流・くつろぎの場」として再生。
④菊人形際、如来様、等イベントの再開等を行ないます。

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近隣の伝統工法で組み上げられた「麻績学校」は、歌舞伎舞台も併設
された大変貴重な巨大木造建築物です。初春の「舞台桜」開花時は
絶景を誇り、多くの花見客で賑わいます。

一方、農振地域を継承してきた座光寺農村地帯には、江戸中期からの
「本棟造民家」明治期以降、養蚕業盛業時に建築された「養蚕民家」
多数住み継がれています。これは農業発達史を伝える貴重な産業遺産で
あり、地域文化研究者にみならず、都心部居住者の癒しの空間としての
来訪スポットになりうる素養のある地域です。

07-座光寺周辺計画(2.4)-2

 

PDFファイル 07-96  リック

リニア長野県駅周辺の道路計画を進める中、座光寺商店街・麻績神社・
座光寺農村地域のような、地域文化・素材・伝統を継承する地域と
リニア駅を、遊歩道により直結させる動線計画を提示します。長期に
渡り地域の皆様により育まれた座光寺地区の「地域文化」は
必ずリニア駅乗降者の近距離における来訪スポットになり、
地域活性化の源になると思われます。

 

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