遠山郷(とおやまごう)は、信州の南端に近い位置に存在し、遠山川と上村川の 上流を占め、
谷間の底部を流れる河川は大井川流域に達しています。このように遠山郷は、
南北に細長く伸びる地理的に孤立した空間の中に形成され長く自給自足の生活を強いられてきました。
明治28年~大正12年迄王子製紙が進出し、最盛期には住民が6,500人 と
「和田宿」が賑わい、多種多様な職人街として栄えました。新規バイパス開通により、
「和田の街並み」は元来の静けさ・宿場町らしさを取り戻しつつあります。
年間10万人以上訪づれる「かぐらの湯」の来訪者に、
「和田宿」を散策していただこうというのが街並み修景事業の主題です。
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「かぐらの湯」を訪れた皆さんに、昭和の「生活景」の残る「和田宿」を
散策していただくのが、今回の修景事業の主題です。
秋葉街道沿いに残る、多様な職人街の繁栄の名残は、いまや大変希少な
存在であり、山谷の「地域文化」として次世代まで継承すべきです。
「路地空間」も適度に残され、訪れた方々に「非日常的な空間」を与えて
くれます。幾度か起こった火災により、残存する明治期の建物は僅かですが
昭和期に改修された雑然とした建築物も、山村ならではの独自の「生活景」を
醸し出しています。

谷間に囲まれた遠山郷の集落
![wada-16[1]](https://kankyo-p.com/wp/wp-content/uploads/wada-161.jpg)

遠山川に沿って「和田の町並み」が連なる昭和の風景
(写真でつづる南信濃より 発行南信濃村)

昭和25年 御柱祭りの風景 和田の目抜き通りは祭り一色で活気づいています。 (写真でつづる南信濃より 発行南信濃村)

当時の町並みは、古写真に賑やかな街を見ることが出来、現在でも切妻
平入り町屋建築が隣接して立ち並んでいます。


![wada-18[1]](https://kankyo-p.com/wp/wp-content/uploads/wada-181.jpg)
当時の看板も残る料亭です。

本通りと裏道を継ぐ異次元の路地裏空間が随所
に残されています。
昭和の「生活景」を醸し出した山沿いの遠山郷「和田宿」の町並みは、
地域独自の文化であり、大変貴重なものです。
南アルプス連峰の彫り深き谷間に人々が集いて住む「和田宿」・・・
そこには「昭和の風景」を引き継がせながら元気で生活する中山間地域
の人々の豊かな「生活景」があります。
![wada-05[1]](https://kankyo-p.com/wp/wp-content/uploads/wada-051.jpg)
筆記用具から小物雑貨まで扱う「文具店」。 昭和年代の商品も大変綺麗に
並んでいます。

チャルメラ音が懐かしい豆腐屋さんです。

洋服仕立て屋さんで営業中です。
![wada-09[1]](https://kankyo-p.com/wp/wp-content/uploads/wada-091.jpg)
今や少なくなった桶屋さんで、元気に製作しています。
![wada-15[1]](https://kankyo-p.com/wp/wp-content/uploads/wada-151.jpg)
お米屋さんですが、蔵までレールが繋がっています。
今回修景事業にあたり、 「和田宿」に今なお継承される職人街を象徴する
多種・多様な屋号板 ・夕暮れ時に光を灯す街灯、住民の皆さんを元気づけ
る季節ごとの登 り旗、来訪者の為の休憩ベンチ等を設置する所から始めま
した。

設置された街灯です。

夜間街中に光を灯す街灯。

屋号板などの作業風景です。

各業種に伝わる「屋合板」を新たに設置。






